もうずいぶん前の話だが、週末になるとテレビの深夜番組でヨーロッパ映画が放送されていた。衛星放送などは存在しない時代のことだ。当時私が見るのはハリウッド映画中心で、ヨーロッパ映画の作品や監督、俳優などは知っていたが、実際に見た作品は少なかった。
ある夜ふとテレビをつけると、映し出された綺麗な映像に目が惹きつけられた。古い時代のヨーロッパが舞台らしく、王族のような衣装を着た人達が、何やらわけのわからぬ言葉を話している。セリフは吹替ではなく現地語のままで、字幕付きだ。映画をしっかり見なかったため、なんという作品だったのかは不明なのだが、フェリーニの『カサノバ』のような雰囲気だったことは覚えている。
その次の週になると、またもや古い映画が放送されていた。私はそれから毎週この時間にチャンネルを合わせ、アート映画やクラシック映画の名作などを楽しむ日々が始まった。
こうした映画にじわじわと浸り始めたある日、もの凄いインパクトを与えてくれた作品に出合った。それが、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『地下室のメロディー』(仏1963)だ。白黒映画で、主演はジャン・ギャバンとアラン・ドロン。当時アラン・ドロンといえば、『太陽がいっぱい』があまりにも有名だった。
本作は白黒映画だけど、アラン・ドロンの美しさは十分に伝わる。だけど、私がこの映画が気に入った本当の理由はアラン・ドロンではない。映画全体がカッコよくてスリリングで、なんといってもあの結末に驚かされたからだ。
それから数年後に本作を見直したけど、やっぱり面白い! これぞ名作だと感激したことも覚えている。
あれから何年経過しただろうか。つい先日、この映画がまた見たくなり、あの時の感動を再び! と期待に胸膨らませて見ることにした。
ジャン・ギャバン演じるシャルルが刑期を終えてシャバに戻る場面からスタート。すると、有名なテーマ音楽が勢いよく流れ出す。この瞬間から、映画にぐんぐんと引き込まれていってしまうのだ。
ただ、これから帰宅したシャルルが待っていた妻と会話をするのだが、これが異常に長く感じる。この後もシャルルが“仕事”をする相手を探しに行ったり、アラン・ドロン演じるフランシスがプールでナンパしたり、踊り子の女性とデートする場面などが、長々と続いていく。
この映画の魅力はまず、映像がスタイリッシュなことだ。ミシェル・マ―ニュによるモダンジャズ風のテーマ曲はシーンごとにアレンジを変えて流れるし、アラン・ドロンの美しさで全てのシーンが洗練されてしまう。
シャルルは経験を積んできた頭脳派で貫禄たっぷりだけど、スーツを着てもなんだか下町のギャングに見えてしまう。
一方でフランシスは若くて危なげ。ドレスアップすると一流に見えるのだけど、育ちの悪さと不良ぽさがどうしても出てしまう。そんな対照的な2人の思考や行動を、見事に表現している。
ただ驚いたのは、私自身がこれらの場面を全く覚えていなかったことだ。カジノの金庫室に侵入する辺りから、ラストシーンに強烈な印象を受けたからかもしれない。
本作のアクションシーンは、『ダイハード』や『ミッション・インポッシブル』などに多大な影響を与えたようだ。確かに本作はハリウッドのブロックバスターに近い、娯楽性を備えているように思える。ラスト近くのプールのシーンではハラハラさせられるが、終了後にはその後の展開について議論できるという、フランス映画ならではの粋な終わり方をしている。
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全体を通してスタイリッシュで物語もストレートな展開なので、難しいことを考えずに楽しめる映画だと思う。フランスのフィルム・ノワール代表作のひとつとして、私にとって永遠の名作だ。
キューブリックの『現金に体を張れ(原題:The Killing、米1956)』へのオマージュを感じさせるが、もっとコミカルに描いている。
原題は『Melodie en sous-sol』、英語タイトルは『Any Number Can Win』。カラーライズしたリマスター版も出ているが、いまだに見たことがない。