エリザベス女王が所有することで知られる、エメラルドのウラジミールティアラ。現在はイギリス王室が所有するティアラは、ロシアの大公妃のために作られたものでした。
ウラジミールティアラと呼ばれる豪華なティアラは、どのような歴史が隠されているのでしょうか。
ロシアのロマノフ家からイギリス王室へと辿り着いた、エメラルドのウラジミール・ティアラのお話をお伝えしていきます。
ロシアで誕生したウラジミール・ティアラ
1874年8月、ドイツのメクレンブルク=シュベリーン大公家の長女、マリア・パヴロヴナが、ロシアのロマノフ家に嫁ぎます。結婚相手は、ロシア皇帝アレクサンドル2世の三男ウラジーミル・アレクサンドルヴィッチ大公でした。
マリア・パヴロヴナはわずか20歳という若さで、ロシアで最も権威ある大公の妻となり、『ロシアのマリア大公妃』という地位に就くことになったのです。
帝室入りしたマリア大公妃には、その地位にふさわしいドレスやジュエリーが与えれました。
そして何より、大公妃にはティアラが必要です。ウラジーミル大公は、帝室御用達ジュエラーのボリンに命じて、マリア大公妃のために素晴らしいティアラを作らせました。
ダイヤモンドとパールの豪華なウラジミールティアラ
このティアラは後に『ウラジミール・ティアラ』と呼ばれ、世界的に有名になります。
ウラジミール・ティアラにはダイヤモンドが配され、15個の大きなリングを連ねた豪華なものでした。地金はゴールドとシルバーを使用し、ペアシェイプのパールをドロップさせています。
誰もがため息をつくほどの素晴らしいティアラ。ロマノフ家の女性メンバーから、羨望と嫉妬の眼差しを集めたといいます。
マリア大公妃は宝飾品に魅了され、数多くのジュエリーや宝石類を所有しました。フランスのジョゼフィーヌ皇后が所有したルビーなど、名だたるジュエリーも手に入れていたそうです。
ウラジミールティアラは革命中のロシアからイギリスへ
1917年にロシア革命が勃発し、ニコライ二世を含むロマノフ一家が虐殺されます。これにより、ロマノフ王朝の時代が終わりを告げることに。身の危険を感じたマリア大公妃は、ロシア国内のカフカースやアナパ地方に移り住みました。その後は、ヴェニスからフランスへと移動しています。その間、ティアラはウラジミール宮殿に保管されていました。
マリア大公妃がサンクトペテルブルクにある屋敷に身を隠している間、三男のボリスがイギリス人の友人とともに、母のジュエリーを宮殿から取り戻す計画を立てたのです。
実はこの友人は、英国秘密情報部に勤めているという、国家の情報部員でした。
作業員姿に仮装したふたりは宮殿内にいる番人の手助けを得て、ウラジミール宮殿に堂々と侵入します。その後、金庫の中にあるジュエリーを救出し、無事ロンドンへ運び出すことに成功しました。
1920年9月、フランスのロレーヌ地域のヴィラに滞在していたマリア大公妃が、体調を崩して逝去します。大公妃は生前に、所有していた資産や宝飾品をすでに4人の子供たちに分け与えていたそうです。
ウラジミール・ティアラは、大公妃の唯一の娘であり、ギリシャ王子ニコラウスと結婚した、エレナ大公女に受け継がれました。
母のマリア大公妃の死から1年後。エレナ大公女は、ロシア国外へ亡命している親族の生活を助けるため、受け継いだ宝飾品類を手放す決意をします。
エレナ大公女が売りに出した豪華な宝飾品には、たちまち多くの買い手が現れました。特に熱心だったのが、ロマノフ家の宝飾品を収集していたイギリス王室のメアリー王妃でした。メアリー王妃は、ウラジミール・ティアラを2万8千ポンドという、当時では大変な高額で買取ったのです。
イギリスでエメラルドのティアラに生まれ変わる
ロシアからロンドンへと、秘密のルートで運ばれたウラジミール・ティアラ。保管状態の良くない長旅で損傷が生じたため、修理を施さなくてはなりませんでした。
そこでメアリー王妃は、素晴らしい発想を思いつきます。
ただ単に修復するのではなく、さらに順応性のあるデザインのティアラに作り替えるというアイデアでした。
メアリー王妃は、王室御用達ジュエラーのガラードに、ティアラの新たなデザインを依頼します。
まず、祖母から受け継いだ15個のエメラルドを、ドロップ型にカット。パールの代わりにエメラルドをドロップする、というデザインを考案します。エメラルドは取り外し可能なため、パールに着け替えて着用することもできるというアイデアでした。
こうして生まれ変わったティアラは、エメラルドを配したデリ・ダーバー・パリューレとともに、メアリー王妃によって愛用されました。
その後ウラジミール・ティアラは、1953年にエリザベス女王に受け継がれています。
メアリー王妃のエメラルドとは?
ここで、ウラジミール・ティアラに配されたエメラルドのお話をお伝えしたいと思います。
エメラルドはメアリー王妃の祖母である、ケンブリッジ侯爵夫人オーガスタが所有したものでした。ドイツのフランクフルトを訪問中にチャリティ宝くじで当選、箱の中にはカボションカットのエメラルドが30~40個ほど入っていたそうです。
最初はメアリー王妃の弟であるフランシス王子が受け継ぎましたが、王子は突然の死に見舞われます。
フランシス王子は生前に、夫を持つ女性と密会を重ねていました。愛人にエメラルドを受け継がせるという事実を発見したメアリー王妃は、スキャンダルになるのを恐れて1万ポンドでエメラルドを買取ったといいます。
15個のエメラルドはティアラに配され、残りはデリ・ダーバーという名のパリューレに加工されました。
これらのエメラルドは『ケンブリッジ・エメラルド』と呼ばれ、現在はエリザベス女王(イギリス王室)が所有しています。
エメラルドのネックレスとイヤリングと共に着用
エリザベス女王がウラジミール・ティアラを着用する際には、メアリー王女から受け継いだガラード製のデリ・ダーバー・ネックレスとイヤリングを必ず着用してます。
デリ・ダーバー・ネックレスとイヤリングは、カボションのエメラルドをダイヤモンドで取り囲んだデザインです。
その後、ティアラはチャールズ皇太子と結婚したダイアナ妃へと受け継がれます。ダイアナ妃は生前、このティアラを大変気に入り、宮殿内の華やかな席で常に着用していたといわれます。
現在はエリザベス女王が所有しており、各国の首相らが訪れた際など、フォーマルな席で必ず着用しているそうです。
まとめ
ロシアのマリア大公妃のために作られた、豪華なウラジミール・ティアラ。ロシア革命の混乱を脱出し、イギリス王室へと辿り着きました。
メアリー王妃が購入したティアラは、現在もエリザベス女王のもとで、変わらぬ美しい佇まいを見せています。ロシアで誕生した高貴な姿は、永遠に輝き続けてくれるでしょう。